対談この人と
話そう...
2003年3月発行(vol.16) |
たかす文庫「この人と話そう…」 | 上方舞 吉村 ゆきぞのさん |
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聞き手 蓮井将宏(や和らぎたかす店主) |
1953年、吉村流四世家元・吉村雄輝(人間国宝)に入門。 日本舞踊協会参与、吉村流理事等を務め、2002年10月15日、東大寺の大仏開眼1250年慶讃大法要で祝賀の舞を披露し絶賛をあびるなど、地唄舞の第一人者として国内外で広く活躍する。香川県文化功労者であり、高松市観光大使も努める。近年、さぬき市の活性化に力を入れており、4月16日~21日(19日は志度音楽ホール、それ以外は志度寺にて)の6日間、全部で21番を舞う、舞の会を催す。 |
■珠取海女への思い
店主:4月に志度寺を舞台に開かれる公演をとても楽しみにしているのですが、志度は先生にとってゆかりが深い土地なのですか。
吉村:はい、地唄舞の代表的な演目である「珠取海女」(たまとりあま)の舞台が、志度なのです。「珠取海女」は、志度の海女と藤原不比等の非恋物語であり、二人の間にできた男児、房前(ふさざき)と海女との母子物語でもあります。とても美しくて切ない伝説で海女への供養の気持ちも込めて、大切に舞わせていただいているものです。
店主:そうでしたか。
吉村:それに、この「珠取海女」には、お師匠さんとの大事な思い出もありましてね。
店主:お師匠さんというのは、人間国宝の吉村流四世家元の吉村雄輝さんですね。
吉村:はい。このお師匠さんは、「芸は見てとる物で、教わるものやないよってに」と、どんなにお仕えしても、一向に稽古をつけてくださらないのです。ところがあるときにお師匠さんが「珠取海女を舞う」と仰るのを耳にして、思わず「お師匠様、私にそれを教えてください。それは私の故郷にゆかりの舞なのです」と、本当に初めてお願いいたしました。そうしたら、「これは、奥許しの舞と言うて、名取りのあんたなんかに教えられるような舞やない」とビシリと言われました。自分のことをもういっぱしだと思っていた身の程知らずな私は、そのにべもない言葉に恥ずかしいやら情けないやらでしたが、「それなら、いつか奥許しを得て、『珠取海女』を舞いたい」と思い、いっそう修行を積みました。そういう思い出のある、大事な舞なのです。
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■ふたりの師匠の教え
店主:そうでしたか。それにしても昔のお師匠さんは厳しかったのですね。
吉村:はい。そのときには悔しい思いもしましたが、でも今になったら、あのとき、お師匠さんはあえて私に教えなかったのだと分かります。私は教えてもらえないので、必死で見て覚えました。そうして身につけた芸ですから、何があってもゆるぎません。手取り足取り教えてもらった芸よりは、ずっと深く自分の身の内に入っているのです。
店主:お師匠さんが生き方まで教えてくださったのですね。
吉村:ええ。幸せなことに、3歳のときから教えてくださった最初のお師匠さんも、そういう方だったんですよ。私に跡を取らせたいと言って、私が東京で修行している間、10年間も帰りを待ってくださいました。そして修行を終えて高松に帰ってきた私の舞を見て、「あなたが雄輝師匠のところでどんなに一生懸命修行してきたか、私にはようわかる。あなたは吉村流の芸を世に伝えなさい。でも私が、あなたに最初に手ほどきしたことだけは、大切に覚えておいてや」と仰いました。そして自ら私を連れ歩いて「これからこの子は吉村流を舞います。どうぞよろしゅうに」と、いろいろな方に引き合わせてくださったのです。こんなお師匠さん、どこにいらっしゃるでしょうか。私は、このふたりのお師匠さんを、自分の鏡とさせていただいております。
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■文化の記憶を残したい
店主:芸を伝えるということは、心を伝えるということで、心を伝えるということは、日本の文化を伝えるということなのですね。
吉村:その通りです。私は、子供たちに、日本の文化に触れる機会をできるだけたくさんあげたくて、いろいろな活動をしています。今はわからなくてもいい、触れておけばいつかどこかで、きっと心の記憶が呼びさまされるはずです。そして先人が作った日本のかたちや心をきっと探し出して、愛し始めるはずです。でも、触れていなければ、思い出すことも、感じることもできない。日本は今、そういう危機に立っていると思いますよ。
店主:本当にそうですね。日本人全体が、どこの国に生まれたのかが段々分からなくなってきているような気がします。
吉村:次代に受け継ぐためには、因習や継承のシステムも、ある程度大事なんですよ。ピラミッド構造を崩して、何でも平らにしてしまうということは、大勢で支え、高めているものをなくしてしまうということでもあります。これでは、文化はなかなか残らないのです。
店主:私も同じことを感じます。きものは合理的でないので不要だ。誰でもが簡単に着られるものだけでいい。こんな世相と日々闘っていますから。そんなに何もかもを平易に合理的にしてしまって、その挙句にこんなに美しい日本の衣装を見捨ててしまおうとしている、日本はそれでいいのですか、と叫びたい気持ちでいっぱいですから。
吉村:では、私たちはお互いに日本の文化のために闘う同士ということになりますね。
店主:日本文化のために、ご一緒に、静かに、強く、闘わせてください。
今日はどうもありがとうございました。 |
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