顔には五感の全てがあります。視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚。
経(たて)についているのが鼻と耳、緯(よこ)についているのが目と口。
おもしろい事に、経のラインの耳と鼻は、自分の意思で閉ざすことができません。
それはあたかも、親子の関係の如く宿命により与えられ、決まっているようです。
一方、緯のラインの目と口は意識的に操作できます。もし運命が己の意志によって
変えられるのだとしたら、この奇妙な一致は興味深いものです。
人が寝ている時、口と目は閉じていますね。耳と鼻と皮膚はいつも外界の変化に
順応しています。後者は、意識を超える処で、日々動いているのです。不思議ですね。
顔の中にも経と緯の哲学が読み取れます。人はいつも運命と宿命の織りなす時の中で
生かされているとも言えます。この事実から何を読み取るかは一人一人の自由です。
ただ、変えられない事を変えようと必死になるおろかさ、また変える事(考え方を
別の次元で見ること)のすばらしさを今一度考えてみるのも、新しい日々を生きる
上でのヒントになるのではないでしょうか。
古から「目は口ほどに物を言う」と言います。この言葉から小生は、目と口は
同じ源であると想うのです。己の心持ちひとつで清くもなり、その反対にもなります。
念を入れて生きる事が、また、人と人を結ぶ絆になると信じます。
余談ですが、人間関係でも時には片方の目を閉じることが、場合により
うまくゆくことがありますね。身近な方ほど(笑)見て見ぬふりをするのは名言かと…。
ゆるやかな人に時代をリードしてほしいと想います。
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