「確かな価値」
蓮井:古より日本人の血の中には、物の性質を活かして創意工夫する才能があるとか
美的なものに対する特別な感覚が流れているとかいわれていますね。
でもそれは過去の事で、次第に失われつつあるものかもしれません。
発芽しないと、意味がないことですから。その辺のことを、
今という時代の呉服業界を、どうお考えですか?
山口:近年、展覧会では葛飾北斎が、伊藤若冲が、狩野永徳が、来館者数の
記録作りましたね。けど、どれも何百年も昔のもんですわ。
これは結局、今の時代は、皆さんの身の回りに、信用できる確実な
「価値」が見出されへんのや、その顕れやと僕は思っとるんです。
そこから類推するに…。過去の着物というのは、生活必需品ですやん、
毎日着物ですやん。でもひとくちに「着物」とはいっても、戦前、「絹」の
着物を着ていたのは、学校のクラスでいうたら一人か二人なんですわ。
蓮井:ええ、母も言っていました。昔は、絹物を着られる人は少なかったと。
山口:そうです。そういうごく一部の人達は、茶道や華道を習っていて、
生活の中に絹物の文化が根付いていた人達。それが、大戦以降ね、
戦後復興して全体の経済状況が底上げされると、それまで絹の着物を
着られずに憧れでもってそれを見ていた人達が、自分もいっぺん着てみたい、と
思った。そこに呉服業界が乗り出したわけです…。
だから僕は戦後、着物は売れてないと思てる。売れたんは「憧れ」の部分。
いうたら、生活にそれほど必要ないもんをみなさんは買うたわけですよ。
でも僕らが目指すべきは、もっと地に付いた需要ですやろ。
蓮井:生活と着物がリンクしている、ライフスタイルの中で、自分に合ったやり方で
着物を楽しみたいという方ですね。
山口:ええ、そこでね、そういう観点から現代を見渡すと、現代の、着物が着たい、
という人がかっこええと思うような着物を、業界は作ってないんですよ。
僕はそういう人達がかっこええと思う着物を作りたい。
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