対談この人と
話そう...
2017年3月発行(vol.72) |
たかす文庫「この人と話そう…」
美術工芸「啓」代表 吉野 啓二さん |
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聞き手 蓮井将宏(や和らぎたかす店主) |
京にて自分らしい帯を創作している吉野氏を取材してきました。
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◆ 啓 ※啓…わからないことを教えて導く。開放する。申し上げる。出発する。
蓮井: 吉野さんはずっと帯の業界に携わって来られたんですよね。
吉野: はい、21の時から11年河村織物に勤めて、基本的な加工から営業のこと、それからものづくりを学びました。今考えるとあの時代は昔のもの、出来上がったものの焼き直し、文様のサイズや色を変えたりで物が売れた時代でした。でも今はそれだけでは消費者の方に感動してもらえません。かたや欧米のハイメゾンのクリエーターは、それぞれの文化でもともと良いとされている衣装を応用して、今の時代にあったものを作るから、世界的に見てもこれすごいぞ、と思ってもらえる。西陣も新たなものを創造しないと、センスを問われる時代になりました。
蓮井: 吉野さんのところの帯はとても人気で雑誌でもよく見かけますよね。
吉野: 他社にない色だからやと思います。今までの帯のイメージからいうと単調な柄だし、豪華なものではないですよね。でも今着物を着る女性は、メイクの仕方も変わってるし歳をとっても綺麗な女性が多いです。それに昔の家と違って、このアトリエも明るいですよね。着物だけがなぜか古典のスタイルのまま、和の染めはすべて黒が入って落ち着いてみえる。例えばうちがきれいなブルーを指定して染めに出したとします、でも納戸色に染め上がってくる。着物の色はこういうものやで、と言われます。昔はそれで良かったわけですが、車も建築も、着るもの自体も進化している中で着物だけが変化していません。だから和の染め専門の職先ではだめで、洋装の染めもやってるところで染めています。うちの帯に合う着物がないと言われたことがありました。それはそうなんです。洋装の色やし。でもお客様は気に入った色を買われたわけで洋装の色が悪いわけじゃないはずです。今の好みに合った色を取り入れる、時代に合わせてどう進化させるか、ということが我々の使命で、重要なことだと思うんです。昔のように帯や着物の柄が豪華ですと、本人さんが引き立ちません。ハイメゾンの洋服はいかに本人を引き立たすかということで作られています。着物も今の時代は逆に、シンプルでいかに良い素材を使って表現するか、ということで僕は6年間やってきました。
蓮井: そういう考えに至ったきっかけがあったんですか?
吉野: 完全に独立したのが7年前で、最初の2、3年は試行錯誤でした。資料買う余裕がなかったので休みの日に清華大学や府立の総合資料館に行って昔の図案や図書を閲覧させてもらって。でもいくら原本見直したところで何か違う。またおんなじ焼き直しやな、と。それやったら最初に言ったように自分が良いと思う方向を考えたほうがいいのかな、と。それで海外の有名なデザイナーさんの本を見始めたら、「面白い!これ帯にできひんやろか」。でも、いきなりヨーロッパ的なものを全面に出してくるんじゃなくて、和のテイストをいかに残して、というところから始めたんです。
蓮井: それが今のデザインに繋がっているんですね。
吉野: ええ、今はフォーマルの着物を着る需要はどんどん落ちています。技術力はすごいのに、なんで着物は憧れの的にならないのか、と考えた時に、色が時代に合ってない、柄が多すぎる、本当に女性を綺麗にするために作っているのか疑問…。今の西陣は古典を押し付けているだけでいずれ限界が来る、と。例えばフォーマルな場で、ハイメゾンのドレスに対して着物が勝てるのか?海外の人から見ても認められるものを作りたい、そういう風に考え始めて、今のやり方になってきました。
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■ 糸
蓮井: 素材というと糸が大事になってきますね。
吉野: はい、独立した時にまず良いとされる糸を仕入れて織ってみたんですけど、なにか違う。それで糸屋さんに相談したら、「吉野くん、これブラジルの糸だけど熱加えてないし、一回つこてみたらどうですか、高いけど」と教えてもらったのが、いかに糸を傷めないかということを研究されて作られた生引きの糸で、精錬して糸繰った瞬間に「すごい糸やな」と思いました。これだけ糸に力があるということは、染めても織っても力があるということで、逆に柄つけは糸自体がシンプルに、きれいに感じるようにしたほうが良いんと違うかなと思ったんです。
蓮井: 糸の生命力を生かしてやるんですね。
吉野: そういうことですね。引き立ててやる。豪華な洋食フルコースを食べるのと、拘って作られたお米を良い水で炊いて、それをおにぎりにして美味しい味噌汁で食べるのと、それは用途が違うと思うんですけど、日本人としてはそういうものが作りたかったんです。シンプルですけど最上質な素材で、自然の中でできたもので手を加えないで、という発想ですね。
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■ 箔
蓮井: 吉野さんの織物の特徴は箔にもありますね。
吉野: 箔は土佐和紙の西陣用に漉いて頂いたものの上にふのりをのせて、生漆を引いて、それから金沢で作られた本金箔を貼ります。これを裁断して引いてもらって織るんですが、職人さんがどんどん減ってます。
蓮井: 西陣は分業で、箔は箔屋さんの仕事、箔だけをやりますからね。
吉野: 金やから素材は高いですけど、高いからなかなか出なくて儲からないんです。いかにコストを削減するかというので安い代用品も出てます。柄をのせて織ってしまえばぱっと見わかりません。でも漆で本金箔を接着する技術が古来から金に対して美しい効果があるというので続いてきてる、この技術を、この文化を、さっき言った良い糸に合わせて織って、お客さんに締めて欲しい。逆に他の帯屋さんが高くてやらないから、僕はやろうと思ったんです。最初は箔屋さんから、「真剣に考えてください、金が値上がりして西陣の帯屋さんがどこも扱えない価格になってますよ、それでもやっていこう思ったら覚悟がいりますよ」と釘を刺されました。「勢いでやるのはいいですけど、それを続けるのはたいへんですよ」、と。僕は「わかりました、心してやります」。
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吉野氏のこれから出来上がる帯や衣に期待しつつ……最後に楽14代覚入の言葉を贈ります。
「伝統とは決して踏襲ではない。己の時代に生き己の世界を築き上げねばならない。」 |
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