対談この人と
話そう...
たかす文庫「この人と話そう…」 画家 阿部 知暁さん |
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聞き手 蓮井将宏(や和らぎたかす店主) |
『 沈思黙考 』 蓮井:前回の個展から5年ですね。その間、心境の変化は? 阿部:一期一会が重なってますね、それから同期だったゴリラが死んでいく、逸話のあるゴリラが昇天していくんですよ。 ああ、歴史を見てきたな、という心境になります。ただゴリラ好きというだけでなく、私自身も歴史を重ねてきて、命というものをリアルに感じる今日この頃です。 つい先日亡くなったのが米国のオハイオ州コロンバスの動物園にいたコロというゴリラで、世界で初めて動物園で生まれたゴリラ。 彼女は60過ぎ、私より一つ上で、コロンバス市民だけでなくアメリカの国民に愛されてました。 蓮井:どんな性格だったんですか? 阿部:キツかったですよー!けど、良いおばあちゃんゴリラでしたね。孫の面倒良く見て。 ゴリラはゴリラが育てるというシステムを確立したゴリラでした。初期の頃、私もスケッチさせていただきました。 小さいけど、彼女の絵も持ってきます。 阿部:私も33年34年、ゴリラの世界を彷徨って、色んなゴリラ達に会ってきて、それをまとめて文章にしたいんですけど、 あまりに色んなものがありすぎて、絵だけの方が良いのか迷っているところなんです。 私は体験して絵を描いてるんで、ある種、特殊なアーティストで、体験しないと描けないんですよ。 ピカソのゲルニカを見たときに、涙がどばーっと出るじゃないですか、あの、”アーティスト”になりたいんです。 蓮井:魂が存在する絵が描きたいんですね。それが、阿部さんにとってはゴリラの絵。 阿部:私はゴリラには嘘はつけないんですよ。 蓮井:阿部さんはゴリラの絵を通して何を伝えたいですか? 阿部:メッセージとしては”命”ですね。「沈思黙考」と前にお話ししましたけど、考えることをやめてしまったら動物以下じゃないか、って。…考えたいな、って。 蓮井:ゴリラから学ぶことは? 阿部:たくさんあります。ただ私達はゴリラにはなれないし、ゴリラのように生きるわけにはいかない現実があるんで、 彼らがどう言う風に自然に語りかけているか、実践することによって、心、魂みたいなものに寄り添う…、例えば、ゴリラの父親が子供に寄り添う様子、 メス達に安心感を与える様子、その姿から学べることもあるし、そういうことを共鳴していくことじゃないかなと思っています。 蓮井:ゴリラはどういう風にコミュニケーションをとるんですか? 阿部:態度でも対話でも。今、コミュニケーションがインターネット的なものになっていますよね。 私はそれも大切なことだと思いますけど、目、雰囲気、態度のようなものを見失っていくことは悪いことだと思う。 空気、視線、体温、温度とか、ものすごく大事なんですよ。それが、ゴリラと接していて思うこと。 彼らの匂いとか、彼らの存在感で知ったんですけど、彼らは私に、まったく予期しないものを与えてくれるんですね。 自分がそこへ行ったら、何かしらこんなものが受け取れるんじゃないかと思ったことが、予想と違う違うものが出てくる。 自分が先入観を持っていくことがダメなことだということを知らせてくれる。 ウガンダにゴリラの群れを訪ねて行った時に、その群れが行方不明になっていて、会えないかもしれないと言われてて。 何時間も歩いていくんですけどどうなるんだろうどうなるんだろうってばっかり考えて歩いてたら、なんてことはない、その夜中に子供が生まれてて。父親が隠してた。 それで生まれたばかりの赤ん坊を見せてくれたんです。 蓮井:人間と、そんなに近い関係なんですか? 阿部:いえ、全て偶然。だから、予想とか打算とか、したらいけない、ということを学ぶんですよ。 蓮井:阿部さんはそういうことを感じるためにゴリラに会いに行ってるようなものですかね。 阿部:アンテナを立てることって大事じゃないですか。特にアーティストだったらアンテナ立てないと。身を滅ぼす場合もありますけどね(笑) 阿部:初めてゴリラに会ったのは高松の栗林公園だったんですけど、大学の時のアルバイト先で動物の関係者に偶然出会って、 僕のところに小さいゴリラがいるから見にくる?と言われて、なんかパッと行ったんですよ。 その子ゴリラと遊んで瞳を覗いたときに感じるものがありましたね。それから日本中のゴリラに会いに行ったんですね。 それでゴリラという生き物は、石みたいな感じだなという印象を持ってたんですよ。 でもなんかおかしいな、って。今思うと、表情がなかったんですね。 で、その後イギリスの動物園を訪ねて行った時、そこではゴリラが動き回って、嬉々としてる。 石じゃなかったんです。動き回って跳ね回って飛び回っているゴリラを見た瞬間に、 私の概念がボロボロと崩れて、これをちゃんとしたアートにするにはどうする?!と思ったんですよ。そこから… 蓮井:描き始めた? 阿部:苦悩が始まったんです(笑)けど面白いことが始まったので。 でもそのことを言うと誰にもわかってもらえませんでした。ただの日本の主婦が、外国行ってなんか変なもの見てきた、みたいな。 で、その時に感じたのが、人間の価値とか研究とか一般的な概念とか、…ほんと?って。 今まで培われたものが本当に本当なのか、真実とか嘘とかいうのはやっぱり自分の目で見ないと、ということを感じたんですよ。 情報通とか専門家とかいう人達の意見だけを聞くのじゃなく、自分が知りたいことは自分で知る、という方が良いんじゃないかな、と、軽いノリでやりだしたらこんなことに(笑) ◇ 蓮井:ゴリラから学ぶことを反映させていけたら良いですよね。 阿部:展覧会をしていて思うことがあるんですけど、女性がすごくゴリラに対して共鳴してくださるんですよ。 蓮井:原始の社会や母性を感じるんでしょうか。 阿部:わからないですけど、男性よりも女性なんですよ。女性でも、たくさんじゃないですけど、大声で主張なさらないんですけど、ものすごく楽しみにしてましたといって下さるんです。 やっぱり、平和でありたいですし、子供たちの未来を明るいものにしたいですし、女性たちの声を聞けば聞くほど、ゴリラの豊かさが求められているのではないか、と。 ファッション的な意味でのゴリラではなく、アフリカまでは行けないけど、阿部さんの絵で、本質的なゴリラの魂に触れたいと言ってくれる女性が多い。 だから、余計に嘘があっちゃいけない、だから自分の目でよく見て描きたい。 以前、評論家に言われたんですよ、きみは本当の美術の世界では認められていないんだよね、って。 だったら本当の美術の世界ってくだらないと思うと私は言い返しました。アートの世界ではゴリラを低く見られるんです。 でも私は、普通の人が普通に共鳴してくれることが大事だと思うんです。 対象物を皮肉化する、シニカルなものにすれば芸術だと思うところもある、そうじゃなく真っ正面から見ることをなぜ良しとしないのだろう、って。 運慶も快慶も正面から作ってる。私はまっすぐな心を届けたいんです。 蓮井:前回、阿部さんの絵を買ってくださった方で、お店に飾ってくれている人がいるんですよ。 後ろ姿の、哀愁があって、ご主人にそっくりな。男一匹、色んなもの背負って生きてるというのと、そのゴリラの絵が、ぴたっと一致する。 阿部さんの絵を買う人って、単なる絵を買ってるわけじゃない。絵を買ったことない人が、感動して買ってくれる。 阿部:今でも元気です、って言ってくれるんですよ(笑) 蓮井:夜になったら出てきて部屋をうろうろしてるんじゃないですか?(笑) 阿部:私の発想の中ではそれなんですよ。 すごく昔に言われたことがあるんですよ、東山動物園で飼育をなさっていた浅井力三(あさい・りきぞう)さんという方に「絶対に生きてて、生き生きしたゴリラの絵を描いてくれ。 生き生きしたゴリラの絵を描いたら出てくるから。彼らが死んで剥製になって残って欲しくないんだ。 阿部さんだったら生き生きした姿が絶対わかると思う」って。 ◇ 蓮井:では最後に、今回の個展へメッセージをお願いできますか。 阿部:私は人と出会ったりゴリラと出会ったりすることがすごく勉強になるので、 高松の方と、生身のわたしや作品が出会えて、そこから化学反応が生まれるたらすごく嬉しいですね。 ゴリラの絵を一生書き続けていくという変わり者なので、見にきていただきたいです。 ◇ 阿部さんによせて 「この世に何が残せるかを考えて生きる事」がいかに大切かを思います。 その事に気づくと平和な世界が訪れます。もしかしてゴリラは人よりその事を深く考え行動しているのかもしれません。 阿部さんの描くゴリラの前で(何の固定概念もなく)静かにゆっくりランデブーをしてみて下さい。私達の遠い時代の祖先に出合えるかもしれません。 「あなたは何をこの世に残しますか?」 |
vol.76(2018年3月発行)より |
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